キーストーン・スキー・エリア

Keystone Ski Area
Colorado, USA

Introduction / スキー場の特徴

 "Please take shoes off here and take slipper" (ここで靴をぬいでスリッパをはいてください。)
アメリカにある、お座敷(Tatami Room)をもつ日本食レストランで、店の従業員が客に対して言う決まり文句である。筆者もその昔ニューヨークでウエイターとして働いた時代に何百回となく口にした言葉である。建物にはいるのに靴を脱いで、などというのはそんなときでなければ、出会うことはないと思いこんでいた。

 ところがキーストーンスキー場のゴンドラのノース・ピーク頂上駅隣のアウト・ポストロッジのレストランに入った途端、この言葉を耳にしたときにはさすがにびっくりした。さすがにシューズとは言わず、ブーツをぬいで下さいとのことだったが経験から条件反射的にタタミルームと熱燗が脳裏をよぎってしまった。

 レストランの名はアルペングロウ・ステューベ。ヨーロッパ、ドイツ語圏のババリア地方の色彩を強くもつ近代レストランである。美しく重厚な内装にまず心を奪われる。
暖かみのある家具、壁に掛けられた落ちついた感じの絵、ランプ、飾り大皿、バラのポプリまで置いてある。ダイニングエリアはテーブルがゆったりとした間隔で配置され、純白のテーブルクロスは目にしみるほど。テーブルの上の一輪のバラの花がなんと可憐なことか。上を見上げれば鹿の角で装飾されたシャンデリアが重々しく、太い柱と暖炉の火がこれによく調和する。とにかく総てが非常によく調和している。


下駄箱ならぬブーツ箱
 洗練されたサービスも見事。受付、コート・ブーツチェック、バーテンダー、ウエイター・ウエイトレスのお仕着せも完璧なら、物腰・態度も素晴らしい。筆者の下手な英語や聞き取りづらい発音に嫌な顔ひとつせず、実に丁寧にサービスをしてくれた。
テーブルクロスを変える際のしぐさでさえ、食事中の他のテーブルを気遣ってバッと新しいテーブルクロスを広げるようなまねは決してせず、半分づつ静かに取り替えるし、作業中に客がビュッフェからのプレートを持って通りかかろうものなら作業を中断し、直立不動の姿勢とはいわないまでも姿勢よろしく客が通り過ぎるのを待つ。

 マネージャーの全体への気配りも完璧である。料理の質も非常に高い。コース料理から兎、猪といったゲーム料理に至るまでまるで幅が広いし、ワインリストなどは何ページあるのだろう。ニューヨークの五番街の有名レストランに来たような錯覚に陥る。


レストラン正面入り口
 ただし料金はかなり割高を覚悟しなければならない。しかし総合的に判断して、高い料金を出して食するだけの価値のある、素晴らしいレストランである。店のメニューのタイトルを借りれば『Lunch at 11,640 ft(3548メートルでのランチ)』となるが、おそらく北米大陸で最も高い場所にある本格的グルメレストランであろう。

 ランチだけではなくディナーもサーブするし、スキーヤーだけでなく、食事だけの目的でゴンドラを乗り継いでレストランに来る客もずいぶんたくさんいた。そのため食事だけの客にもゴンドラを開放している。グルメのためのスキーエリアと呼ばれるキーストーンの面目躍如と言うところか。


ゴンドラ
 このキーストーンのある地域をサミット郡と呼ぶが、『主要な』という意味にひっかけて(先進国首脳会議の意味で使われるサミットと同義)スキー・ザ・サミットという呼び名がある。この地域にあるブリッケンリッジ、カッパーマウンテン、キーストーン、アラパホ・ベイスンの4つのスキー場の総称である。

 1980年代、フリースタイル競技のブリッケンリッジ、クラブメッドの優雅を具現するカッパーマウンテン、グルメと初心者スキーヤーの為のキーストーン、チャレンジスキーのアラパホベイスンという図式があった。
ところがバブル華やかなり時期から90年代初期にかけて大きな変化があらわれた。日本の某企業がブリッケンリッジを買収し、キーストーンにもカナダのイントラウエストの資本が入り、その内容の拡大、充実が図られたのである。残念ながら94年に日本の某企業はブリッケンリッジを売却してしまったが、キーストーンの施設整備拡大は続けられた。

   ベースロッジから見て山の背後に展開するアウトバックの開設、人口造雪機能の拡大、ナイトスキーの充実である。特にアウトバックについてはそれまでのキーストーンの印象を一変させてしまった。それまでは上級・エキスパートには斜度が不十分であると指摘されることが多かったが、急斜面、急斜度斜面の大きなコブヶ原、極め付きは林の中のツリースキーである。特に森の中の獣道的なコースを滑るツリースキーはこのスキー場ならではの独特の雰囲気がある。


林間コース入り口
 この拡大・拡充によりスキー場はお椀を3つ、伏せて縦に並べたような構成になった。手前からキーストーン・マウンテン、ノース・ピーク、ザ・アウトバックという順になる。各々のピークから放射状にコースが伸び、谷底には今滑った斜面のピークや隣のピークへ向かうリフトが待ち受けているという構造になる。

 全ゲレンデの約半分をカバーする人工造雪機能は雪不足に泣かされた80年代の教訓を生かしたものだろう。人工造雪設備の設置により一部とはいえ一定ののコースが確実にオープンしているというのは、前もって計画し、遠出をするスキーヤーにとっては大変にありがたい。


ナイトスキー
 ナイトスキーとアクセスの良さには後日談がある。94年にデンバーに出張したおり、ホテルのエレベーターでスキーの準備をしたアメリカ人男性に会った。筆者自身はこのときはスキーはあきらめていたのだが「休暇ですか?」と訪ねたところ仕事だと言うのである。午前中に出張先で仕事をし、その足でキーストーンへ行き、午後から5時頃まで滑り、そのままデンバー空港にとって返し、シカゴへ戻ると言うのである。

 一緒にいた上司は「どこにでもバカはいるものだ」と笑っていたが、その上司がいなかったら筆者自身そのバカの仲間入りをしていただろう。後ろ髪引かれるおもいで空港を出発した苦い記憶がある。大都市デンバーからのアクセスの良さを物語る話である。


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