レイクプラシッド・スキー・エリア LakePlacid Ski Area |
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| All Photo Courtesy Lake Placid Ski Area |
余談だが72年には北海道の札幌市で、98年には長野県長野市で開催されている。1つの国が夏季も含めて2回以上オリンピックを主催することはままある。アメリカ、カナダそしてヨーロッパの国々。しかし1つの町が2回のオリンピックを主催するとなると私の記憶ではこの3つの町のみである。
2回目の開催についてはちょっとした逸話がある。そもそもはヨーロッパ、確かフランスでの開催が決まっていたと思う。しかし土壇場になってその町の住民が自然保護を最大の理由として開催を拒否してしまったのである。昨今のオリンピック開催誘致合戦の激しさを思えば信じられないような事態が起こっていたのである。充分な準備期間無しに、いきなりオリンピックを開催してくれ、といわれても事が事だけにおいそれと引き受けられないのが現実である。そんな中で『私たちにお任せください』と名乗りを上げたのがこのレイクプラシッドなのである。
さらに余談をいえば、当時は旧ソビエト連邦がアフガニスタンに軍事侵攻し、米ソの仲が険悪になっていたし、同年夏のモスクワオリンピックへの出場を巡って日米はがたがた言うし、と世相は荒れ模様だった。そんななかでの肩代わり開催はアメリカの威信をちらつかせたかったからだ、という穿った見方もあった。しかし何よりもレイクプラシッドが充分な設備とノウハウを特に各種競技の使用に耐えうる施設を有していたことが肝心な事だったといえる。最初のオリンピック以後も様々な種目の国内・国際競技会を主催してきた実績をもつ町なのである。
この様々な種目の競技施設をもつ町のそばにあって、アルペンスキー競技を一手に引き受けていたのがホワイトフェイス・マウンテンスキー場である。このレイクプラシッドの周辺には他にもスキー場がある。しかしここではホワイトフェイス・マウンテンスキー場をレイクプラシッド・スキー・エリアとして扱うのでご了承願いたい。
さて前ふりが長くなった。というのも理由がある。ワールドスキークラブのスキー場紹介の記事については、『実際に滑ってレポートを書く』という筆者のポリシーがある。そのため残念ながら滑った経験の無いスキー場については、『Introduction / スキー場の特徴』のページは準備中にするか、あるいはページを起こしたとしてもその旨をお断りしている。ところがこのスキー場は実際に滑っているスキー場なのである。滑ってはいるのだが、20年前に滑ったきり、という色々な意味で重い現実のあるスキー場なのである。正直言って断片的な記憶しか残っていないのである。
色々な意味で、と書いた。3つの意味がある。アメリカに来た最初の年で英語もままならなかった、という意味。雪不足のシーズンでスキーを滑るのがままならなかった、という意味。そして司馬遼太郎の面白さに負けてしまった、という意味である。
筆者がアメリカに来た1984年の暮れ。なにせ英語力が付いていかないのに無謀にもたった一人でレイクプラシッドというスキー場を訪ねたのだった。もちろんやることなすことトンチンカンの連続。そして極め付けが天気予報やスキー場のスノーコンディションを把握できていなかった為、あるはずのシャトルバスは運休、やっとの重いでたどり着いたスキー場では雪不足で半分泥にまみれて四苦八苦するというものだった。ホテルの部屋では持参した『竜馬がゆく』を読みふけっていた。スキーで疲れて全部は読み切れないだろうと、5巻くらいまでしか持ってこなかった為、続きが読みたくて日程を切り上げてニューヨークへ戻ったのである。
そんなこんなでスキー場のゲレンデについては本当に記憶が無いのである。新しい最近のトレイルマップでは話にならないから、筆者が保管する最も古い1988ー89シーズンの資料を引っ張り出してながめているのだが、どうもぴんとこない。やはりここは改めて訪問して滑ってからこのページの記事を書き起こしたいと思う。
今しばらくご猶予を請う次第である。