Automobile / 自動車セクション

『車の話 - 我が愛車レガシー』



冬たけなわのアラパホ・ベイスンにて


アルバータ州、バンフ市の入り口にて


真冬に雨降るウィスラー・ブラッコムスキー場にて


鹿の角で作られたゲート前にて、ワイオミング州ジャクソン市


ブリティッシュ・コロンビア州、パンラマ・マウンテン入り口


降りしきる雪の中、バーモント州、ストラットンスキー場入り口にて


バーモント州、シュガーブッシュスキー場にて

 5年間、50回払いの車のローンが終わった。身分不相応にも新車を購入し、毎月の支払のために使用する分厚いクーポンブックを手渡され、『本当に支払いきれるのかな』と心配したのが1990年11月。
もう5年も経ったのか、と最後の支払いが終わり、銀行から車のタイトル(日本語ではなんと呼ぶのだろうか。登記証あるいは所有証明書みたいなもの)を受け取ったときはなかなか感慨深いものがあった。
というのも貧乏をなんとかやりくりして支払ってきた苦労もさることながら、アメリカ国内をほとんどスキーの為だけに5年間で約8万マイル(約12万8千キロメートル)を走ったというマイレージの中身を振り返ったためにきた感傷であろうか。

 次の10年間はスキー三昧に徹しようと決心したのが、筆者がアメリカ合衆国の永住権を獲得した1989年の暮れであった。
冬の間はスキー場にこもりスキーに明け暮れ、春になったら町におりてきて仕事をするというパターンをめざそうというものだった。まずは東部のスキー場で今少し腕を磨き、スキースクールのインストラクターも経験し、その後は西部のロッキー山脈に進出しようという大胆なアイディアもあった。特にロッキー山脈進出についてはシーズン中に有名なスキー場を渡り歩き、その上で翌シーズンから滞在するスキー場を選ぼうという遠大な計画に基づくものだった。

   車選びはここから始まった。雪の山道を走る以上、四輪駆動は不可欠。ニューヨークからロッキー山脈やカリフォルニアのスキー場を滑りに行くということは自動車で大陸横断をする事を意味するのだから当然燃費の良さも不可欠。さらに貧乏スキー旅行を決め込んでいるいるから鍋・釜・食料を大量にもっていくことを考えるとステーションワゴンタイプが便利。それでも足りずルーフにスキーを収納するボックスを取り付けることを考えると背の高いジープ型は避けたい。

 ああでもない、こうでもないと考えあぐねている内に目に留まったのがスバルレガシーだった。
この表現は正確ではない。というのもその少し前、はじめてレガシーのワゴンタイプを見たときに『なんとへんてこりんなシェイプ、というかバランスの車だな。まるで前につんのめった感じがする』とものすごい違和感を覚えていたのである。
それがいつのまにか最初は違和感を感じたはずのシェイプ・デザインにものすごく魅力を感じるようになってしまったのだから不思議である。
事実、レガシー購入後は日本車、アメリカ車、ヨーロッパ車のいずれを見てもレガシーのスポーツワゴンに感じたような強烈な個性を感じないし、『うん、これだっ』という納得感もえられなかった。あれやこれやと様々な条件をいとも簡単にクリアーしたのもレガシーだった。
もっとも学生時代、札幌のスキースクールで先輩のインストラクターが皆スバルレオーネに乗っており、そこにはあこがれといったものも芽生えていただろうし、四輪駆動車の開発に徹していた富士重工への信頼もあり、雪道の為の四輪駆動イコールスバルという図式が頭のどこかにあったのかもしれない。

 さて実際に5年間運転してみてその性能には素晴らしいものがあった。途中のサイドブレーキランプが消えなくなった、スピードメーターが動かなくなったといった小さなトラブルは別にして、真冬のロッキー山脈の雪道のスムーズなそして力強いドライビングはもちろんのこと、諸物価高騰の中でどれほどガソリン代を節約させてくれたかについては本当に感謝している。
購入以来、若干のさぼりはあるものの記録し続けたマイレージログとチューンナップレコードを見直しても安定していたというか安心して乗り続けてきたな、と実感する。

 最後に幾つかの注文をだしたい。アメリカ国内を運転している、ユーザーの経験からくる注文、希望ということで富士重工におかれては検討していただければ幸いである。
まずウィンドウォッシャー液とワイパーについて。フロントガラスにウィンドウォッシャー液をだすと自動的にワイパーが動き出す。町中を走っている分には問題はないのだが、インターステイツなどの制限時速55マイルあるいはそれ以上の高速道路を走っていると、速度による風圧でウィンドウォッシャー液がフロントガラスの上部に流されてしまい下1/4程に液が流布せず汚れがとれない。ウォッシャー液の散布とワイパーの動きを非連動にすることは無理であろうか。今般アメリカでは1970年代のオイルショック以来続けられた全米的な速度制限が撤廃され、多くの州が65マイル以上の制限速度に変わるほか、モンタナ州のように速度制限なしという道路も出現する環境では是非とも考えて欲しい所である。

 第2は冷暖房時に室内循環と外気交換の選択が出来ないこと。外の空気が常にフレッシュとは限らない。たとえばニューヨークでマンハッタン島にに入るためにはトンネルか橋を使わなければならないのだが、このトンネルが非常に渋滞し、のろのろ運転というのが多々ある。そんなときに冷暖房でもかけようものなら車内に排気ガスを充満させているようなものである。
今一つは道路上でひかれて死んでいるスカンクの死体である。この数が実に多く、マンハッタン近くの住宅地でも高速道路上でもよくお目にかかる。そしてその臭いたるや猛烈である。風下から近ずく形になると1キロ以上先から臭い始める。夏の暑い日に窓も開けられない、さりとて冷房もつけられないというのは少々きつい。

 第3はオプションのパーツになるがボンネットに取り付ける風切り板の発売について。筆者が長距離を運転するのは冬が多いのだがある年、春爛漫の時期にカリフォルニアからニューヨークに戻ったことがあった。そうするとつらいのが虫である。
フロントガラスに無数の虫が衝突し、あれよあれよという間にフロントガラスが汚れてしまうのである。そしてこの汚れはウィンドウォッシャー液ではきれいにならない。
ところがアメリカ国内でそういった長距離を走っている多くの車はボンネットの先端にプラスチック製の風切りプレートを装着し、走行中の風がフロントガラスに直接当たるのを防いでいるため、虫が衝突してガラスが汚れると行った現象を未然に防いでいる。筆者も友人の力を借りて他社の製品を加工して取り付けたがやはり加工に無理があったらしく旅程半ばにして壊れてしまった。純正品の製造をご一考いただきたいものである。

 アメリカ大陸を行ったり来たりしながら滑りまくるなどという途方もないことが順調に出来たのは優秀な自動車の存在によるところが大きい。末尾ながらレガシーという素晴らしい自動車を製造してくれた富士重工に、あるいはその技術陣にその恩恵を最大限に受けたユーザーとして厚くお礼を申し上げたい。


スバルからの手紙


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